夢
「導ける人にならなくていい。誰かに寄り添う君でいて。」
お母さんは死ぬ直前、私にこんなことを言った。もう5年前のことだ。
そんな昔に想いを馳せながら、私は今ビルの屋上に一人、たくさんの鳩に囲まれながら立っていた。
生まれて間もなく父を亡くした私は、お母さんと二人でずっと暮らしていた。
私はどうも昔からあまり自分の意見を主張しない子だったらしい。反抗期も大して迎えることなく大学生になっていた。そして大学に入って間もないある夏の日に母は亡くなった。もともとの病気が悪化したからだそうだ。
その死ぬ直前にお母さんはそんなことを私に告げた。
自分の軸を持っていないからそれまでの人生なんてお母さんの言う通りに過ごしてきた。それが一番怒られないし楽だと思ってきたからだ。ランドセルは勧められた赤を買ったし、部活も何か入りなさいと言われて美術部に入った。大学も一応自分で色々考えはしたけど結局はお母さんの勧められるままに受けて合格しただけだ。
たぶん、そんな人生を送る中で、いつの間にか私の頭の中で「お母さんの言うことは絶対」だと言う固定観念が生まれていたんだと思う。
そんなお母さんに私は「導かないでいい。寄り添える人でいて。」と遺されてしまった。
大学の4年間、私はいつも友達の後ろにいた。苦しんでいたらすぐに助けた。相談に乗った。課題も助けた。お金も貸した。それがお母さんに言われたことだったから。
お母さんに言われたことだから正しいと思っていた。それが正義だと思っていた。
でも現実はそうではなかったらしい。私が友達と思っていた人たちはいつのまにか私を都合の良い人と思うようになってしまったようだ。
それでも私は彼女たちに寄り添うことをやめなかった。
だってそれが私のするべきことだから。
そんな生活の中で私は大学を卒業した。
私は、疲れたんだと思う。
彼女たちに寄り添い続けたらいつの間にかお金は無くなってしまい、拠り所も失ってしまい、私に寄り添ってくれる人もいなくなってしまった。いるとしたら付き纏ってくる人たちだけだ。
昔から私は軸のない人だった。だからこそ、いつも私を正しい方へ導いてくれるお母さんは私にとってのヒーローだった。そんなお母さんに「あなたは導かないでいい。ただ寄り添って。」と言われてしまった。
私もお母さんみたいになりたかったのにな。それが、数少ない私の軸であり、夢だったのかもしれない。
お母さんへ、私をここまで導いてくれてありがとう。次は私が誰かを導く番だと思ったけど、お母さんはそうは思わなかったみたいだね。だから言われた通りたくさん寄り添ったよ。でもやっぱり、私は大好きなお母さんの隣で、お母さんに寄り添いたいな。それが、誰かを導きたいという夢を失くした今の私の夢。
私の将来を祝福してくれるかのように、一斉に鳩が飛び立った。まるで昔お母さんと行ったマジックショーのステージみたいだ。
私はこの大空と未来を見渡せるステージに立った。
「さぁ、夢の舞台を始めよう。」