卒業文集なんて嫌いだ
「結城さん、今日の放課後この教室に残っててね。」
私はそう先生から告げられた。
「えっなんでですか。」
そんなに怒られるようなことをした覚えはないんですけど…。
「学年であなたともう一人だけよ、卒業文集を書き終わってないの。」
おっと。痛いところを突かれてしまった。私は顔をそらしながら答える。
「あ、はい…書き上げろと、」
「そうです、金曜日までに業者さんに渡さないといけないんだから。」
「はーい…」
今日は月曜日。すなわちあと5日で書き上げなければいけないらしい。
はぁ…いつも憂鬱な月曜日の朝にさらに雲がかかっていく。
卒業文集なんて嫌いだ。
小学校のときからそうだ。6年生のときにアルバムに載せる文章を書けと言われたが全然鉛筆が進まない。それは鉛筆がシャーペンに変わった今でも同じだった。私の中学校では卒業記念にみんなが将来の夢だとか3年間の思い出だとかを書いてそれをまとめて文集にするらしい。全くもって困った行事だ。
将来の夢がないわけじゃない。漠然とだけどなりたいものはある。でもその夢は文集に書けるほど全力で目指してるものじゃない。
3年間の思い出がないわけじゃない。友達だってまぁそこそこはいるし修学旅行も体育会もどれも楽しかったし大切な思い出だ。でも、どれかについて書けと言われるとそれはそれでなんかしっくりこない。
はぁ…。
放課後。
私は教室に残って真っ白な原稿用紙と向き合う。なにも思い浮かばない。悲しい。そういえばもう一人書き終わってない人がいるとか言ってたな。誰だろう。知ってる人がいいな。私は原稿用紙をほったらかしてもう一人の居残りちゃん(居残りくんかもしれない)を待つ。
外で12月の寒い風の中頑張っている陸上部がトラックを4周ほど駆けたころ。ドアがガラガラと開く。私の心はドキドキだ。
「えっと、君がもう一人の居残りの方…?」
私は入ってきたその男子に聞かれる。正直、女子がよかったので残念である。
「う、うん。」
「君…けつしろさん?もまだ書き終わってない…みたいだな」
私の真っ白な原稿用紙を見ながら彼は自問自答。悪いな、名前しか書いてなくて。しかも読み方違うし。
「これでゆうきって読むの。全然思いつかなくて、ところで君の名前は?」
「ん、あぁ、俺は佐倉。」
佐倉くんというらしい。初めて聞く名前だ。やっぱり3年間過ごしても同学年に知らない人はいるものである。世界は広い。
「部活は?」
「サッカー部、夏で終わったけどね。」
「なんで佐倉くんは文集書き終わってないの?」
どうせあと1週間一緒にいるのだからと私は距離を詰める。これで嫌われようがあと1週間の縁なんだからどうでもいいでしょ。ちなみに私は堂々の帰宅部だ。サッカー部の5文字が眩しい。
「いやぁなんでといわれても困るけどなんか全然書くことが思いつかなくて…」
嘘つけ。お前。サッカー部だったらもう青春大満喫もいいとこだろ。私の中のサッカー部偏見は広がる一方だ。
「先生はいないの?」
私は聞かれる。
「うん、書き終わったら今週のどこかで職員室までもっていけばいいらしい。」
じゃあ家で書かせればいいじゃんとか思うかもしれないが先生も頭が固いのだ。私も不満ではある。
「へぇ。」
なんだその適当な返事は。
まぁそんなこんなで。1日目は佐倉くんと名乗るイケイケサッカー部とほんの少し親睦を深めあっただけで終わったのでした。
【卒業文集の進捗 0 / 400】
まだ余裕よ。
火曜日。
昼休みに友だちに聞いたところによるとどうも佐倉くんは本当にイケイケな中学生らしい。つらいよ。背番号10番がエースなことくらいはさすがに私も知ってるよ。確かに特に何も見てなかったけど顔もイケメンだった気がする。つらいよ。頭はそこまで良くないらしい。そこまで来たら良くあってほしかった。そして迎えた放課後。
「今日さ~うちのクラスでさ~、」
佐倉くんの一日の感想を聞かされている。何故。1日の思い出より3年間の思い出を書くためにいまこうして向かい合ってるのに。
佐倉くんのお話が4限の美術でクマくん(あだ名らしい)が彫刻刀をぶん投げた話に差し掛かった頃。
「そんなに毎日楽しそうなのになんで卒業文集ごときが書けないの?」
単刀直入。私の座右の銘である。ちなみに私の国語の評定は3だ。中の下か下の上である。
「ん~なんでだろうなぁ、なんか楽しい、朗笑できる思い出はいっぱいあるけど、それを文にしようって思うとなんか違うんだよなぁ。」
お。親近感。こんな人でもそんな繊細なところがあるのか。いや私が繊細だとは言わんけども。
「へぇ~奇遇だね。私もそんな感じなんだよね。」
今日も佐倉くんと少し仲良くなれた気がする。ちなみに国語の評定は4らしい。頭いいやん!!裏切り者!!!
【卒業文集の進捗 0 / 400】
ま、まぁ明日から本気出すから。
水曜日。
『3年間をふりかえって』
私はタイトルを決める。ありきたりである。向かいに座る佐倉くんのタイトルを見てみる。
『3年間の思い出』
同レベルである。国語の先生が泣いてもしょうがない。
「ねぇ、結城さんって彼氏いる?」
突然質問される。地雷を踏みぬかれた。
「い、いるわけないでしょ…なによイヤミか?」
「いや、普通に気になっただけ。気に障ったらごめん。」
確かに気には障ったけど謝ってくれるあたりいい人なので許してやろう。
「じゃあ佐倉くんはどうなの?」
反撃。
「ん~去年に別れちゃってそれっきり。価値観が合わなくて。」
バンドかよっていう感想は心の中に閉じ込めておいて私は少し驚いた表情を作る。まぁ驚いたのは事実である。
「へぇ、絶対いるもんだと思ってた。」
「いやそんな、俺もそんなイケメンじゃないしモテるようなできた人間じゃないから。」
笑いながら言う。嘘つけお前は普通にかっこいいわ。絶対にお前を好いてる女そこら中にいるぞ。私はそんなことを思いながらできるだけ丁寧な言葉に噛み砕いて話す。
「えぇでも佐倉くんかっこいいと思うけどなぁ運動できるし。」
背番号10番だしというのはなんとなく伏せておく。
「ほんと?なら嬉しいな。」
はにかむ佐倉くん。うろたえる結城さん。その笑顔は人を虜にするからやめな?
木曜日。
ではなく下校しなさいと言われた水曜日の放課後。靴箱。雨。
雨?聞いてないが。私は悲しいぞ。朝の天気予報士に少々のいら立ちを込めながら思案。諦め。そろそろ水も滴るいい女になってもいい年齢だろう。とか考えていたら。
「結城さん、傘ないの?一緒に帰ろうか?」
救世主の声がする。神様かと思ってその声の主を探す。
まぁそりゃ佐倉くんである。3年生のこの時期でこんな時間まで学校にいる人なんてそうそういない。
「それは嬉しいけど…家の方向逆じゃない?」
「ん、まぁそこまで遠回りにはならないからいいよ気にしないで。」
優しい人である。感動だ。お言葉に甘える。
「ん、じゃあ…」
そう言って私は傘に入れてもらう。近づく距離。高まる鼓動。濡れる肩。あまり文句は言えない。あと雰囲気で言わなきゃと思って言ったけど別に鼓動は高まってない。むしろ寒すぎて鼓動止まりかけである。12月なんだからどうせなら雪降ってよ。
「あっ結城さん、こっちに来なよ。」
え、なにそれ新手のナンパみたいなやつですか?
「いや、そっち車道だから水しぶきとかが、」
えっ。
「あ、うん…。」
イケメンじゃん。微笑む佐倉くん。うろたえる結城さん。盛大に走り抜ける車。盛大にずぶぬれる佐倉くんと結城さん。
…………………。
「……俺の家近いからタオル貸すよ?」
ありがたくお借りさせていただきます…。
というわけで。
「お邪魔しまーす…。」
「いいよ、いまは俺しかいないから。」
なんかそれはそれで私が怖いけどまぁ佐倉くんも出会って3日の人に危害を加えたりはしないだろうと信じる。
「そこ、洗面所にタオルあるから使っていいよ。」
「ん、ありがと。」
ほんとはシャワーも浴びたいけどそれは流石にいろいろと駄目なのでタオルで制服を拭くだけにしておく。なんで車からの水しぶきで肩まで濡れるんだ?道路交通法違反でしょ。そんな愚痴をこぼしながら洗面所から出る。
「ごめんね~ありがっっっ!」
私はむせる。佐倉くん、かわいい。たぶんただの部屋着なんだろうけど学ランを着てるときはかっこいいなぁくらいだったのになんだかとってもかわいく見えてきた。
「蟻が?」
中身は相変わらずだけど。にしたってなんだかかわいい。
「いや、ありがとうって、」
「蟻が到底?」
存在しない文を作るな。かわいいかよ。駄目だ。そんな別にオシャレでも何でもない部屋着を着てるだけなのに学校でのイメージと全然違う。何されてもかわいく思えてくる。
「いや、なんでもないよ。」
人生ときには諦めも肝心。私の座右の銘である。ちなみに私は卒業文集をあと2日で書き上げることは半ば諦めかけている。
「そっか、まだ親も帰ってこないから雨やむまでうちいてもいいよ。あと1時間もすればやむらしいし。」
なんて親切。私だったら傘渡して追い出してる。
「ごめんね、いろいろ迷惑かけちゃって。」
「いいよ全然、まぁ特にやることもないから文集の続きでも考えようか。」
名案だ。私はずぶ濡れのカバンから原稿用紙を取り出す。奇跡的に無傷だ。
「佐倉くんは今日どのくらい進んだ?」
「ん~100文字くらいは書けたかな。」
「ひゃくもじ!!」
ヒャクモジというのは400文字の4分の1ですか?え?私はまだ40分の1ですが。
「すすすごいねどどどうしたのき、昨日まではぜ、全然だったのに。」
私は冷静を装いながら聞く。
「どうしたのそんなにうろたえて。」
バレている。何故だ。
「う~ん、まぁこれだったら自信もって書けるかなってものが見つかったからさ。タイトルも変えた。」
へぇ~、なんだろ。サッカーの試合とかか?
「ひみつ!文集手渡されるまでお互い書いたことは内緒にしとこうよ、そのほうが楽しいし。」
彼はそう言って朗笑する。なんだ急にかわいい提案してきやがって。まぁそれは面白そうだ。
「よし!じゃあ俺はいまから真面目に書くぞ!」
えらいなぁ。私もとりあえずシャーペンを取り出してやる気を出す。確かに環境が違うからここでは頑張れるかもしれない。
7秒後。
私はそっとシャーペンを置く。無理である。当然だ。
原稿用紙くんとサヨナラして私は佐倉くんの横顔を見つめる。そういえばいつも真正面からしか見たことなかったなぁ。横顔なかなか整ってるじゃん。きれいだなぁ。
そしていつもと違う服。何回見てもかわいいと思えてしまう。なんでだ?男子に対して可愛いと思うなんて初めてなんだが。
ふむ。人の気持ちは難しいものである。そういえば道徳も苦手教科だ私。まさか自分の気持ちも理解できないとは。こんな感情中学3年間で初めてだ。
そんなことを思っていたら。あっという間に30分ほど経ってしまい。雨もやんでいたので帰らせてもらうことに。
「ごめんね~今日はいろいろと、ほんとありがと。」
「いや、いいよ全然また明日ね~。」
「うん、じゃあね!」
そう言って私は佐倉くんの家を出る。
なんだか寂しいな。
私の鼓動はこんな真冬の寒さにもかかわらず少しだけ高まっていた。
【卒業文集の進捗 10 / 400】
タイトルと一文目の『私の』まで書いた。えらい。
木曜日。今度は本当に木曜日。
私は1日中よく分からない感情に苛まれていた。たぶんこれは佐倉くんに対してのもの。そう考えると腹も立ってくるものだがなんかそれ以上の感情のほうがあいつに対しては重い気がする。まぁあとあいつといるのも今日と明日だけだからな。別にいいや。
まぁ、そのことを考えると少し胸がチクってなるのは秘密。
そんなこんなで迎えた放課後。
来ない。佐倉くん。なんで。そんなんで書く気持ちも湧くわけがなく30分くらい外のサッカー部を眺めていたら。
「やっほ。」
呑気な声だ。佐倉くんだ。今日は部屋着じゃない。当たり前だけど。でもなんだかかわいく思える。
「やっほやっほ。今日遅かったね。」
私も適当に返す。
「ごめんごめん、文集書き終わったから先に先生に出してきたんだよね。」
え。適当に返せない答えが返ってきた。なに、書き終わったって。
「昨日結城さんが帰ったあとも書き続けてたらいつの間にか終わってて。」
「へ、へぇ。そそそそうなんだだだだ、よよよかったじゃん。」
私は平静を装って答える。たぶん装えてない。あれ、でも、
「じゃあなんで今日はここに来たの?書き終わったんなら…」
私の言葉を遮るようにして佐倉くんは答える。人の話は最後まで聞いてよ。
「あぁ、それは結城さんに会いたかったから。」
「話は最後までっでっでっでっで会いたかっっっってってななななななななによ!?!?」
私はもう平静とか言う言葉を投げ捨ててしまう。困った。私が実はクールな人間じゃないことがバレてしまう。
「どうしたの…大丈夫?」
大丈夫ではないけど大丈夫ではない理由は分からない。なんで会いたかったからって言われただけでこんな顔が熱くなるのかがわからない。
「だだだ大丈夫…それで会いたかったって何。」
「ん~なんて言うかな、せっかくちょっとだけだけど二人で楽しい時間を過ごせたから、最後の挨拶くらいはしなきゃなって。」
「最後…?明日は…」
「明日は来れるか微妙だなぁ、今日で書き上げられることを期待してるよ…ってどうしたの!?」
私は答えることができない。何故かって言われると困るけどまぁ私の机の上に小さめの水たまりができようとしてる状況を見て察してほしい。
「なんでそんなに泣いてるの…。」
せっかく本人が濁したのに佐倉くんは直球で聞いてくる。ほんとに国語4かそれで?
「な、なんでもない…けど今日はなんか文集書く気失せちゃった。ちょっと二人で話しようよ。」
私は女の子らしくわがままを言う。友だちが女の子はわがままを言うことによって生きてる生物だって言ってたのを思い出した。どんな話のときだっけ…恋愛の話?
「ん…それはいいけど書き上げなよちゃんと?」
佐倉くんは少しおどけたように笑いながら言う。あぁ駄目だ。かわいいなぁ。そんなに微笑まれたらそりゃうろたえもするじゃないか。好きだなぁ。
ん?私いまなんて思った?好き?佐倉くんに?出会ってからたった4日なのに?好き?好き?そうかぁ。好きかぁ。
私は納得する。心と脳が好きって言ったんならしょうがない。好きなんだろう。
直観第一。私の座右の銘である。ちなみにこの銘はいま思いついた。
はぁ…私は佐倉くんのことが好きなんだろうな。
でもあと1日で会えなくなるんだ。明日は来てくれるかわかんないしもしかしたら今日が最後かもしれない。そりゃ、3学期また会えるかもしれないけどクラスが違うしきっと彼は人気者、そこまで話すこともなくなるだろう。
ダメだなぁ。そこまで考えてますます水たまりが大きくなりかける。必死に我慢。今日が最後なんなら明るくたくさん話したいこと話すんだ。
そして、卒業文集は一向に進まないまま今日も最終下校時間。でも今日はいいんだ。好きな人とたくさん話せたから。好きな人の笑顔がたくさん見られたから。好きな人のかわいいところがたくさん見られたから。
今日は昨日みたいに雨も降らず晴天。二人ともまっすぐ帰る…帰るけど。
靴箱で私は彼を引き留める。
「あ、あのさ佐倉くん…」
「ん?」
彼は振り向く。ああかわいいな。見返り美人じゃん。
「えっとさ…えっと、なんていうかありがと1週間。」
「え、あぁうん、こちらこそ、って明日も来るかもしれないけど、」
「ううん、いいの。明日も君がいたら絶対に書き終わらないから。」
彼はしばらく考えてから言う。
「そっか、頑張れよ。」
「うん、ありがと。佐倉くんはいっつも優しいね。」
「えっ、全然そんなことないよ。」
照れた顔もかわいいな。そんなことを思いながら私は話を続ける。私は単刀直入が座右の銘な女。回りくどいのが嫌いだ。
「あのさ、佐倉くん、彼女いまいないんでしょ、でもね、すぐにきっと素敵な人が見つかると思う、……応援してるよ。」
私は人生ときには諦めが肝心が座右の銘な女。こんなかわいくてかっこよくて優しくて素敵な人には私よりもっとお似合いの人が隣にいるべきなんだ。そうなんだ。そうに決まってる。
「え…あぁありがと、元気出たわ。」
「うん。ならよかった。…じゃあね。」
「おう!じゃあ!!」
佐倉くんは微笑みながら私とは逆の道へ歩いていく。最後までかわいいな。最後まで私の心と脳を引き付けてくれる。全く、困ったやつだ。
私はそんなことを思いながら今日一番の水たまりを一人で作ろうとしていた。
【卒業文集の進捗 10 / 400】
でも大丈夫。書きたいことは決まった。
金曜日。
私は放課後ついに一人になってしまった。原稿用紙とご対面。今日こそはこいつに勝たなければ。
3時間後。
「終わった…。」
ようやく書き終わった。私の最近の座右の銘『直観第一』に従って昨日思いついたことを書こうと思ったが意外にも時間がかかってしまった。先生に提出に行く。
「失礼します、3年の結城です。文集を渡しに来ました…。」
「ん、ギリギリねぇお疲れ様。」
「すいません…。」
「でも佐倉くんと仲良くしてたようでよかったわ。」
え?何で先生がそのことを知ってるんだ?でもまぁさすがにそんなことを聞く勇気はなく。
「えぇ、まぁ…。」
そういってお茶を濁す。そしてそそくさと職員室から立ち去りそのまま靴箱へ。当然、こんな時間だから誰かいるわけがなく。
少しだけ、ほんの少しだけ期待してたんだけどね。
そんなことを思いながら私は一人で家へと帰る。今日の天気は雨。地面にはこの1週間で見た中で一番大きな水たまりができていた。
傘の中には、ひとりだけ。
【卒業文集の進捗 400 / 400】
ようやく終わった!でも、でも少し寂しいなぁ。
卒業文集なんて嫌いだ。
小学校のときからそうだ。6年生のときにアルバムに載せる文章を書けと言われたが全然鉛筆が進まない。それは鉛筆がシャーペンに変わった今でも同じだった。私の中学校では卒業記念にみんなが将来の夢だとか3年間の思い出だとかを書いてそれをまとめて文集にするらしい。全くもって困った行事だ。
将来の夢がないわけじゃない。漠然とだけどなりたいものはある。でもその夢は文集に書けるほど全力で目指してるものじゃない。
3年間の思い出がないわけじゃない。友達だってまぁそこそこはいるし修学旅行も体育会もどれも楽しかったし大切な思い出だ。でも、どれかについて書けと言われるとそれはそれでなんかしっくりこない。
なんて思ってた。
確かに1週間、放課後を無駄にしてしまったのかもしれない。受験とかあるし友達とも遊びに行きたかった。それに結局書いたこともしょうもない。どうせ将来読んだら黒歴史だろう。
だけど。
そのおかげで佐倉くんというとっても素晴らしい人間に出会えた。
それだけだけど、少しだけ卒業文集のことが好きになってしまったかもしれない。
なんてね。
はぁ…。
これは結城なんていうたいそうな名字をもらいながら、結局勇気も出せずに勝手に失恋した哀れな女子中学生のお話。
でも、そのあとの私について少し語らせてもらおうかな。
まぁ冬休みを受験勉強でつぶした私は大した休みを得る間もないまま3学期へ。もちろん、佐倉くんとも何回かは会ったしちょっとは話した。でもほんとにちょっとだけ。廊下でたまたま出くわすくらいだからしょうがない。私はそのたびに懸命に平静を装いながら話す。彼と話す時間はそりゃ短かったけど私はそれだけで1週間分の活力は得られていた。安直な女だ。そりゃ座右の銘が単刀直入なわけだ。
そんなわけで迎えた卒業式。
途中寝落ちしそうにながらもなんとか耐えて教室でのホームルーム。
「は~いじゃあアルバムと文集配りま~す!!」
「いえええええええええええいいい!!!」
沸き立つクラス。引く先生。沸き立つ私。引く保護者の皆さん。ごめんねこんなクラスで。
そして私もアルバムと文集を受け取る。
アルバムをさらっと見終わって私は本題の文集へと手を伸ばす。今まではこんなもの貰って2秒でどこかへ消え去っていたが今回は別格だ。私の文章はちゃんと載ってるだろうか。私の想いはきちんと印刷されてるだろうか。
確認する。あぁ、よかった。ちゃんとあった。佐倉くん、読んでくれるかなぁ。読んでくれるかわからない。それでもこれだけは伝えたかった。
私の名字は結城。名前は香奈。夢を「かな」えてほしいから、だそうだ。そのために、私はちょっとだけの「ゆうき」を振り絞った。
人生ときには諦めも肝心。私の座右の銘だ。でもそれは「ときには」なことを忘れてもらっちゃ困る。
私は佐倉くんの文章を探す。あった。読む。
……。ようやくわかった。あの時先生が仲良くなったねって言ってた理由が。佐倉くんはどこまでも私を喜ばせてくれる。全く、最後まで彼は私を笑顔にさせてくれる。
私は教室を駆け出す。私が熟読してる間に周りはいつの間にか写真撮影タイムだ。そんなことより。私は佐倉くんに会いたかった。佐倉くんのクラスへと向かう。標的発見。
「佐倉くん!!!!!!」
「ん、あっ結城さん!久しぶり。」
「久しぶりだね。それで、この文集…!」
私は動揺を隠せないままに聞く。
「あ、バレちゃった。」
こんなことを言いやがる。全くそのおどけた顔までかわいい。ていうか、こんな文才あるのか佐倉くん。絶対国語5じゃん。謙遜してたな?
こんな文章書かれたらもう佐倉くんのところに行くしかないじゃないか。大好きだ。ほんとに。なにからなにまで彼は私の好きを増大させる。だからもう一つだけ私はわがままを言う。
「ねぇ。今日、一緒に帰らない?」
3月。今年は気温が温かいそうで外は一面薄紅だ。そんな薄紅で染まった道を私たちは二人で歩く。佐倉くんとたわいもない話をする。あぁ楽しいなぁ。まるであの1週間のときみたいだ。
そんなこんなで佐倉くんの家の前に着く。さすがに今日は家に転がり込めない。今日肩にあるのは雨じゃなくて花びらだ。
「ごめんね、わがまま言っちゃって。」
私はまず謝罪。
「いいよ、卒業文集を一緒に書いた人と卒業の日一緒に帰るなんてなんか素敵じゃん。」
あぁ優しい。やめてよ。私がここから動きたくなくなるじゃない。
「それで、質問があるんだけど。」
「うん?」
「私、あの時の最後に、彼女できると思うって言ったじゃん。それで、現時点での結果は?」
なかなか失礼な質問なことは承知だがここは単刀直入で押し切る。
「あぁ…残念ながら相変わらず独り身だよ。」
なるほど、私は悲しむべきか嬉しむべきかわからない。
「そうなん…」
「でもね、俺はそれでよかったと思ってる。」
またこいつはすぐに人の話を遮る。えっていうかよかったの?なんで??
「これ。読んだ。」
そう言って彼はカバンから文集を取り出し私の文章のところを開く。
げげげ。もしかして、バレた?
「俺、何気に国語の評定は4なんだ。こういうのには鋭いんだよ。」
いや、これは国語とかは関係ないでしょとか思ってる間に彼は指を横へ走らせる。
「何となく読んでて、ほんとに何となく気づいたんだ。でもそれで気づいて確信した。俺らは今日からもずっと一緒にいるべきなんじゃないか?」
佐倉くんは微笑みながら言う。
……………………え?ずっと、いっしょに、いるべきなんじゃないか…?え?ほんと?わたしに言ってるそれ?そのかわいい笑顔は私に向けられてるもの?
気付けば私のほっぺたには滝が。このままじゃ地面の蟻が到底思いもよらなかったくらいのゲリラ豪雨を体験してしまう。
「えっ、ちょっと、だいじょうぶ…?」
佐倉くんがうろたえている。そんな姿もかわいい。私はぐちゃぐちゃの感情の中で懸命に言葉を絞り出す。
「だいじょうぶなっわけっないでしょ!こんなんなっっってるんだから。全部佐倉くんのせいなんだから!わたしもっ佐倉くんと一緒にいたいの!!」
なんてざまだ。予定ではもうちょっとカッコよく颯爽とお別れするつもりだったのに。今の私は颯爽という言葉の対局にいる。
それでも。うれしい。まさか、佐倉くんからこんな言葉が聞けるなんて。あの呑気な佐倉くんから。
「そう…か、なら、俺もとっても嬉しいな。」
そう言って彼はもう顔も心もぐしゃぐしゃな私をそっと抱きしめる。全く、あんなにかわいいのにしっかり身体は男の子だ。背も高いし筋肉もある。私は制服に涙とかがつかないように気をつけながら、それでも佐倉くんに体を預ける。あれ、上から液体が。雨?って思ったけどこれはほんのちょっとだけ上からのゲリラ豪雨だ。佐倉くん、泣いてる…。かわいいなぁ。私も人のこと言えないけど。
そんなことを思いながら、私たち二人は満開の「さくら」の下で朗「しょう」した。
卒業文集なんて嫌いだ。
小学校のときからそうだ。6年生のときにアルバムに載せる文章を書けと言われたが全然鉛筆が進まない。それは鉛筆がシャーペンに変わった今でも同じだった。私の中学校では卒業記念にみんなが将来の夢だとか3年間の思い出だとかを書いてそれをまとめて文集にするらしい。全くもって困った行事だ。
将来の夢がないわけじゃない。漠然とだけどなりたいものはある。でもその夢は文集に書けるほど全力で目指してるものじゃない。
3年間の思い出がないわけじゃない。友達だってまぁそこそこはいるし修学旅行も体育会もどれも楽しかったし大切な思い出だ。でも、どれかについて書けと言われるとそれはそれでなんかしっくりこない。
なんて思ってた。
でも、今となっては違う。
私はこの卒業文集のおかげで好きな人と出会えたし、好きな人と結ばれることができた。こんな私に大切な人ができたのは、この卒業文集のおかげだ。
卒業文集なんて嫌いだ。なんてもうとても言えないや。
私は卒業文集が大好きです!!!
~あとがき~
どうも。久しぶりに小説を書いたんですけどまさか1万字超えるとは思ってませんでした。ひらららです。僕の中で1万字書いた記憶は今までないので大長編です。書き終わってから言うのであれなんですけどこれ飽きませんでした?なんか長くなるとそういうところが心配です。まぁ個人的にはこんなに長文書いたので登場人物たちには感情移入しまくりましたが。結城さんの言動は自分が操ってるはずなのになかなかいうこと聞いてくれなくて困りましたが、なんだかんだ好きです。途中泣きそうになりました。二人ともお幸せにね…。そのうちこの続きが思いついたら書きたいですね。この2人はなんかとっても愛着を持ってしまったので。実は「結城」と「佐倉」って言う名字は最初は適当に思いついてそのまま書き進めたのですがうまいこと物語に絡められてよかったです。佐倉くんのフルネームが某アイドルに似てるのはたまたまです。触れないでください。
まぁここまで読んで皆さんも疲れたと思うのであとがきは短くここらへんで!それでは、ひららら先生の次回作にご期待ください!!