エピローグ
『…読んでやってくださいな。僕がとても喜びます。では!!』
そう入力してから男はそっとエンターキーを押して下書きを更新した。日差しが心地いい午後3時30分ごろである。
「ようやく終わった…」
男はそう呟いてそばに置いてある紅茶を飲み干した。毎日毎日ネタ探しに苦心していたその男の表情はもう疲れ切っている。
『次回予告!僕が起きてたら21:30が目標』
そう書いた文章をブログの序文とともに某SNSに投稿する。
まぁ、その時間には起きてないんだけどな。
そんなことを思いながら男は静かに嗤う。
そしてブログの自動投稿の設定とSNS共有の設定を急ぐ。
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午後4時30分。SNSを巡回しながら諸々の設定を終わらせた男はもう一度紅茶を淹れにキッチンへと向かう。その帰途、考える。ブログの共有設定は終わった、ブログに対するコメントに反応する機能も正常だ。あと何かすることはあっただろうか。
あぁ、そうだ。もう一つ書き上げなければならないものがあるんだった。憂鬱な気分になる。結局いつまで経っても僕は文章という呪縛から逃れることはできないんだな。そう思いながら男は再びパソコンに向かい文章を書き始めた。タイトルを確定する。
『エピローグ』
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午後9時。ブログの投稿もあと30分だ。僕に残された時間もあと30分だ。男はそんなことを思いながら『エピローグ』と名付けられたそのブログを書き上げ更新する。そういえば最後のブログは『遺書』と名付けるので…みたいな文章を書いた覚えもあるが些細な違いだろう。どうせ誰も覚えてなんかない。さて、何時投稿にしようか。少し迷ってから最後のブログの10分後に時間を設定する。このくらいがちょうどいいだろう。そうして設定を変更する。
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午後9時25分。男はあいも変わらず紅茶を嗜む。
「さて…」
引き出しから何やら薬のようなものを取り出す。アーモンドのような香りが部屋に漂う。それを袋から取り出し男は紅茶の中に放り込む。
この1か月、男は苦しんでいた。待ち焦がれていた大学での日々も始まらず、家で毎日だらけてばかりの日々。暇つぶしにでもと思ってブログを書き始めた。もちろん、最初のほうこそ楽しかったがやがてそれは作業的なものとなっていった。苦しい。苦しい。男はやがて哀しくなった。僕の存在意義は文字上にしかないのか。現実ではだらけてばかり。したいこともできない。自分を表現できるのはこのブログの上だけだ。
僕は、無価値だ。無価値だ。無価値だ。無価値だ。無価値だ。無価値だ。無価値だ。……
男は薬を投げ入れた紅茶をそっと口に含む。
ちょうどその時、目の前にあるパソコンでSNSが『たくさんの黒歴史が生まれた』と名付けられたブログが投稿された旨を告げる。
男はもがきながら、椅子から堕ちていった。紅茶が散乱し、それを被ったパソコンはもう動かない。
この部屋で動くものはもうただ一つとして存在していない。
月の明かりが窓から突き刺すように差し込んでくる午後9時30分のことだった。
その10分後、SNSにそっと『プロローグ』という題名の遺書が共有された。
最後の、投稿だった。